東大駒場の川中子教授の書斎をなんどか訪れたが、書棚から寄贈された詩書がはみ出していた光景が忘れられない。もちろん、専門はドイツ文学や思想史なので、洋書や哲学書が主たるものであったが、そこには溢れんばかりに寄贈された詩書が共存していた。というより、厖大な詩書が専門書の棚を侵食していたといってよく、川中子は学者であっても根っからの詩人であることを確信した。まだ川中子は五〇歳前後であったが、すでにその時点において、やがて学窓生活に別れを告げた後、詩人として生きていく覚悟を決意していたのかもしれない。
(中村不二夫・解説より)
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